コンテンツハッキングの限界を乗り越えるために

2018年10月19日、In-house SEO Meetupの企画、Content Marketing World 2018 Recupに参加してきました。In-house SEO Meetupについては前回のエントリーでも書きましたが、SEO(検索エンジン最適化)を中心とするインハウス(企業内の)Webマーケターやディレクターが集まる業界横断のコミュニティで、普段は競合関係にある企業の担当者同士がともに学び合うおもしろい場になっています。今回は、USで毎年開催されているContent Marketing Worldに参加された方々からのフィードバックとディスカッションがなされ、コンテンツマーケティングの世界的な潮流を理解するとともに、これからのWebメディアのあり方について考えるよい機会となりました。

プラットフォームのハッキングから抜け出すために

ここでいう「コンテンツマーケティング」とは、あえて雑駁にいえば、企業が独自の「コンテンツ」を制作して発信することによって、自社のWebサイトや商品に、より多くの潜在・顕在顧客(「オーディエンス」ともいう)を集めるための活動です。その主な手法は「オウンドメディア」と呼ばれる、企業自身が運営する「メディア」の構築になります。これまで、コンテンツマーケティングといえば、検索エンジンの上位を狙うSEOの要素が強く、2016年にはその暴走ともいうべき「キュレーションメディア事件」が大きな問題になったことはよく知られていることと思います。

今回印象的だったのは日本SPセンターの三友さんがおっしゃっていた、「コンテンツハックはもうやめよう」という提言でした。USでは特に、コンテンツマーケティングをSEOの一環ととらえる考え方はもう過去のものであり、コンテンツはオーディエンスとの信頼構築を行う、ストーリーテリングの役割を担うべきだ、という位置づけが主流になってきているのだそうです。つまり、「オウンドメディア」が「メディア」と称するにふさわしい、コミュニケーションを媒(なかだち)する存在でなければならない、という当たり前のことが、ようやく認識されるようになってきたわけです。

検索上位に出るためのコピペ記事を安価に量産する時代が終わりを告げたのは当然ながら、もはやSEOだけを目的としたコンテンツマーケティング自体が、淘汰される運命にあるといえるでしょう。これは、「キュレーションメディア事件」などでユーザーの信頼を失った、プラットフォームと「オウンドメディア」の双方が、自浄作用を働かせた結果でもあるのです。

 

ジャーナリズムを取り戻す!?

では、「オウンドメディア」が「メディア」であるために必要なこととはなんでしょうか。2番目に登壇したクマベイスの田中さんによれば、それは「ジャーナリズム」だということです。特にUSのコンテンツマーケティングでは、新聞記者や雑誌編集者などいわゆるマスメディア出身者が転身して「オウンドメディア」の編集を担っているケースが多く、近年特にジャーナリズムの重要性が説かれているそうです。田中さんは元新聞記者でもあるだけに、この言葉は重いものがあります。

つまり、「オウンドメディア」が「メディア」である以上、もはや公共的な責任を免れることはできない、ということです。特定の企業の利益誘導ではなく、公共的な価値のある「報道」となるような情報であること、これが重要だというのです。

私自身は、インターネットの世界で長く仕事をしてきました。一方、近年、大学院での人脈などもあり、マスメディア出身の方とお話しすることも多くなりました。そのときに常に実感するのは、いわゆるマスメディア企業に浸透している公共性やジャーナリズムの精神と、いわゆるネット企業に浸透しているマーケティングROIの行動原理には、とても大きなギャップがある、ということです。これはどちらがいいか悪いかではなく、それぞれの企業のおかれた経済的環境の中で、歴史的・文化的に培われた違いといえます。

インターネット企業が「オウンドメディア」をやるからには、少なくとも過去に蓄積されたジャーナリズムの知見と精神を、リスペクトしつつ批判的に継承し発展させていく、そういう覚悟が必要なのしょう。もちろん私自身、できているわけではありませんし、すべてのネットメディアが、「報道」の水準でなければならないかはわかりません。しかし、ネットメディアかどうかに関わらず、「メディア」を語ることの重さにしっかり向き合うこと、これが最低限のモラルであることは間違いのないことでしょう。

事業会社が「オウンドメディア」を運営する意義

さて、そうなると避けて通れないのは、インターネット企業にとって、「オウンドメディア」を運営するメリットとは何か、という現実的な問題です。責任ある情報発信には当然スキルもコストも必要です。もちろん社会において価値のある公共的な情報を提供すること自体で、十分な収益があげられる見込みがあればよいのですが、多くの場合はそうではありません。いわゆる「本業」の収益にどのような貢献があるのか、あるべきなのか、どうしても求められることになります。この点について、セミナーで明確な答えはありませんでした。

しかし私は、マーケティングの原点に立ち返ることが重要なのだと思っています。つまり、ROI追求型の単なる「刈り取り」による焼畑農業ではなく、社会の中で持続可能な価値の創出を続けるために、自社のサービスや製品の社会的意義を理解し共感してくれる「オーディエンス」へのコミュニケーションを続けていくことです。登壇者の1人であるぐるなびの伊東さんは、このことを「ファネルからループへ」と象徴的に紹介してくれました。これはつまり、オーディエンスを「買ってもらう段階のどこか」に位置づけ、「刈り取る対象」とするのではなく、自社の価値を理解してくれるファンの候補と位置づけ、継続的にコミュニケーションによって関係を深め続けるパートナーとすることです。より直截にいえば、他のメディアやプラットフォームに依存することなく、オーディエンスとの信頼関係を直接的かつ持続的に構築していくことです。

SEOというのは、あくまでGoogleによるマーケットの支配が前提であり、Googleというプラットフォームに依存した施策であることは間違いありません。「コンテンツハックをやめよう」というメッセージは、プラットフォーム依存から脱却し、それぞれの「メディア」が自らの価値を自らの力で表現し、つながりを作り上げる世界への一歩を示しているわけです。もちろん現在のデジタルマーケティングの「常識」からすると遠くチャレンジングな道ではありますが、インターネットが多様な価値を多様な人々と結びつけていく、フラットなネットワークであり続けるためにも、業界全体が変わっていく必要があるのではないか、そんなことを考えるセミナーでした。