東大情報学環・学際情報学府の入試に関心がある方へ

東京大学大学院情報学環・福武ホール
東京大学大学院情報学環・福武ホール

[Updated on 2019.4.5: 2019年の説明会情報を掲載しました]

2016年の4月より、東京大学大学院情報学環・学際情報学府に社会人の修士学生として入学したわけですが、なぜ、学問というフィールドを志したのかについては、大学院で「研究」すること−「勉強」との違い をお読みいただくとして、ここでは、情報学環・学際情報学府への入学に関心がある方に向けて、私の経験と情報をお伝えできればと思います。

私自身が、大学院受験を考え始めたのは、入学からおよそ1年前の4月頃でした。いくつかの候補を探しながら、インターネットを中心に情報収集を進めたわけですが、文系の学際系の研究科(しかも、社会人からの受験)に関しては情報が少なく、とても苦労した記憶があります。

最終的には、東京大学の情報学環・学際情報学府に絞って、幸いにも合格・入学できたわけですが、受験を検討する際に、自分が欲しかった情報を、ここでまとめておければと思っています(あくまで私の個人的な経験に基づく情報ですので、学際情報学府全体に当てはまらない可能性がある点はご承知おきください)。

1.情報学環・学際情報学府での研究について

コンセプトと特徴

「情報学環」とは教員が所属する研究組織、「学際情報学府」とは学生が所属する教育組織のことを指します。したがって、学生である私の所属は、学際情報学府の修士課程ということになります。この名称や組織を含めたコンセプトについては、まず、公式サイトに記載されているメッセージを、よく噛みしめて読んでみることをお勧めします。公式サイトに掲げられたコンセプトに、ピンと来るかどうか、これが第一段階かと思います。実際、公式サイトのコンセプトは、決してお飾りではなく、「情報」を交点とした学際的な研究を、本気で進めようという気概が、先生にも学生にもみなぎっています(もちろん分野によって温度差はあります)。

私は正直、最初「学際」なんてお題目で、実際は既存の専門分野の寄せ集めなんじゃないかと疑っていました。しかし、入ってみると、その予測はいい意味で裏切られました。情報学環の先生方は、領域横断的な研究の重要性を強く意識されていますし、学際情報学府の学生は、実際イシュー・オリエンテッドな研究テーマ設定をしています。つまり、「指導教員や研究室のプロジェクトの一部」ではなく、「学生自身が明らかにしたいこと」を研究テーマにし、既存のディシプリンにとらわれずに、ある程度の自主性を持って研究を進めているケースが多いです(特に文系の場合)。修士論文・博士論文のタイトルも公開されていますので、これを見ると、いかにテーマがバラエティに富んでいるかがわかるかと思います。

どんな学生がいるか

gakkan学際情報学府は、全部で5コースに分かれます。社会情報学コース、文化・人間情報学コース、総合分析情報学コース、先端表現情報学コース、アジア情報社会コースです。社会情報学コース及び文化・人間情報学コースがいわゆる文系、総合分析情報学コース及び先端表現情報学コースがいわゆる理系、アジア情報社会コースは主に留学生向けのコースとなります(本記事は2016年度の情報です。2018年度より生物統計情報学コースが新設され計6コースとなりました)。

私は、文化・人間情報学コースに所属しています。実際のところ、やはり文系2コースと理系2コースではかなり雰囲気が違うところはあるのですが、M1のうちは必修科目などで相互の交流もあり、「学環」(略す時はこういう言い方をします)としての学際的なスピリットは共有されているように思います。

学際情報学府が、直属の学部組織をもっていないこともあり、私のような社会人からの入学組や、東大以外の学部からの入学者もかなり多いです。文系のコースに関しては、感覚値でざっくり8割が東大以外の学部出身者(つまり2割が東大出身者)、また、同じくざっくり8割が学部からの現役入学組(つまり2割が社会人入学組)、という感じでしょうか。理系のコースはもう少し東大出身率が高い&社会人比率が低い、という印象です。
文系のコースでも必ずしも多くが博士課程まで目指すという感じでもなく、修士で修了して就職したり社会人に戻ったりされる方も多いようです。

いずれにせよ、他の大学院に比べて出身・出自のバラつきが、いい意味で大きいので、「出来上がっているコミュニティに入り込む」みたいな雰囲気はなく、どんなバックグラウンドの方でも気軽に入っていける文化であることには、居心地の良さを感じています。

指導教員とのコミュニケーション

この辺は、先生によって大きく異なると思いますので、実際のところは直接コンタクトを取ってみることをお勧めしますが、総じて学生に対する面倒見が良い先生が多いように感じます。

指導のスタンスとしては、特に文系は、自分の研究の一部を手伝わせるとか、先生の主義主張・方法論以外を認めない、といったことはなく、研究テーマや方法論について、寛容で相対的な傾向があると思います。ただしこれは、領域固有のお作法に縛られない、ということであって、学術的・社会的に価値のある研究をアウトプットすることに対する厳しさは当然あります。

また、学際性を担保しつつ、研究テーマを複数の視点から深化させる制度として、副指導教員という制度があります。修士論文執筆にあたっては、副指導教員によるアドバイスも受けられるため、特に領域横断的な研究テーマにおいては有用です。先生方もこの制度を尊重していますので、いい意味での緊張感を持って、研究を多角的に評価する文化になっています。

研究室押しつけのテーマがイヤで、自分のやりたいことがあるのに既存の枠組みにはまりにくい人には、過ごしやすい環境と言えます。逆に、主体性をもって研究テーマを策定し、自分で推進できない人には厳しい環境かもしれません。

授業と単位

情報学環本館学際情報学府として、どのような授業が実際に開講されているかは、東京大学授業カタログで公開されていますので、入学を検討する際には是非具体的にご確認されることをお勧めします。卒業に必要な単位や必修科目についても、大学院便覧が公開されています。

授業は、一般的な大学院の授業と同様、講義形式のものとゼミ形式のものがありますが、基本的にはゼミ形式が多く、文献の購読やワークショップなど、ディスカッションを通じて思想や実践を学んでいく機会が多く用意されています。当然ながら、発表に向けてグループワークや調査、資料作成なども必要になりますので、特に社会人は時間のやりくりに苦労するケースが多いです。

コンセプト・風土的には社会人の入学を歓迎する組織にはなっているものの、基本的に授業は平日日中ですし、MBAなどと違い、社会人でない学生の方が多いわけで、フルタイムの社会人にとっては現実的な時間配分が厳しいカリキュラムになっています。私自身は現在はフルタイムではなく、パートタイムの仕事に切り替えて対応していますし、周囲の社会人学生を見ていても、週に2回ずつ半休を取ってやりくりするなど、ある程度仕事の時間をコントロールされている方が多いです。3年で単位を取得する長期履修の制度や、オンラインでの授業も一部あるので、フルタイムの仕事との両立も工夫次第、というところでしょうか。

2.情報収集の進め方

公式情報ソース

まず公式のWebsiteで基本的な情報を知ることができます。所属する先生と研究テーマ、入試の過去問や募集要項など、しっかりすみずみまで確認することをお勧めします。特に、入試問題は、各コース毎に、学生に何を知っておいて欲しいか、のメッセージが込められていますので、受験を検討し始めた時点で確認して、感触を確かめてください(入試に関しては、入試対策の項で詳しく書いています)。

次に、自分の関心とマッチしそうな先生の個人サイトや、著書をあたります。先生によってはブログやtwitter、Facebookページを持たれている方もいますので、この辺をチェックすると雰囲気がつかめると思います。

学際情報学府も開設から15年以上経っていることもあり、各研究室から卒業生が全国に出ています。研究者として世に出ている卒業生の論文や著書を探してみると、先生の研究テーマと、学生の研究テーマの振れ幅が見えてきます。博士論文は一部公開もされていますので、それも判断材料になるかと思います。

入試説明会

IMG_4139学際情報学府では毎年5月から6月頃(コースによっては冬季にも)に、入試説明会を開催しています。これは必ず参加するようにしましょう。受験を迷っている場合でも、多くの情報を得られますし、何よりも先生や院生と直接コミュニケーションとる場があります私は昨年この説明会に出て、迷いがなくなりました。2019年の予定は以下の通りです。最新情報は必ず公式サイトでご確認ください。

夏季入試説明会

指導教員へのコンタクト

一般論としては、受験をする旨を事前にお伝えして、可能であれば訪問などで顔合わせをするのが望ましいとされています。時期は説明会の後、出願前が良いかと思います。というのも、説明会前は、新学期で先生方もお忙しく、十分な対応が取れないケースがあるからです。特に事前にリレーションがないのであれば、まず説明会でブースに行って直接話をして、マッチしそうだという感触を得てから、具体的にコンタクトを取っても遅くはありません。

ただ、先生によっては説明会以外個別のコンタクトを受け付けない(公平を期すため)方や、オープンゼミなどイベントをやる方もいるので、情報収集だけは事前にしておきましょう。

3.入試対策(文化・人間情報学コース)

研究計画

受験される方にとって一番悩ましいのがこの研究計画かと思います。出願の際に提出するものだけでなく、2次の口述試験でも多くの方がプレゼンで研究計画の内容を話すことになると思いますので、非常に重要な要素であることは間違いありません。

基本的な研究計画のフォーマットなどは、一般的な解説書を見ていただくとして、ここでは、学際情報学府、特に文化・人間情報学コースで求められる要素を私の解釈で記述しておきたいと思います。
まず、研究計画として、最低限の体裁は保つこと。体裁面でのチェックポイントは以下の通りです。
  • 研究の対象が明確か
  • 研究の問い(リサーチ・クエスチョン)が明確か
  • それに答える適切な方法論が想定できているか
  • 修士の2年間で論文としてまとめられる内容か
  • 先行研究との違いが明確か
  • 希望する指導教員が指導可能な領域・理論・方法論か

これ自体、すべて満たすことは非常に難しいわけですが、たとえ完璧でなくても、妥当でなくても、少なくともここに書いてあることを考慮していることを示すことは必要です。また、入学後は、入試で書いた研究計画通りにはまずなりませんし、指導教員から改めてしっかりと指導していただけるので、まずはお作法として、研究者としてのポテンシャルが示せれば良いのかと思います。要は、指導教員や、院生と、学術的なコミュニケーションが取れるかどうか、もしくはそれを吸収する意欲と素質があるか、が見られるのかと思います。

次に、問題設定が、実体験に根ざした、実践的な視点でなされているかどうか、です。これは、学際情報学府の特徴かもしれません。既存の専門分化した一部の研究を別のデータで追試する、という積み上げタイプの研究は歓迎されない傾向があります(もちろん、そういう研究も重要なんですが、学際情報学府のコンセプトに合わないのです)。取り組むべき問題が、自分自身の問題であること。明確な言語化は難しくても、そのような姿勢を(ある種の熱意をもって)示せること。そういう学生が、求められているように感じます。

大ざっぱに言ってしまうと、「おもしろそうだけど粗い」研究計画と、「綿密だけどつまらない」研究計画では、前者が好まれます(多分)。粗くてもおもしろいと思ってもらえれば、口述試験でカバーすることができますので、この辺を意識してみるとよいかもしれません。

研究計画の作成は、一人ではなかなか厳しいです。やっているうちに、何が言いたかったのか、わからなくなっていくものです。学部生であれば今の学部の指導教員に、社会人であっても、誰か相談できる大学関係者を見つけることをお勧めします。私の場合は、学部時代にお世話になった先生に相談したり、研究室の院生の先輩を紹介してもらったりして、数人に見てもらうことで内容が大きく変わりました。

筆記試験:英語

英語についてはTOEFLのITPテストが課されます。別途有効なTOEFLスコアがあれば、それを提出することで代えることができます。私の場合は、専門科目の勉強と研究計画に集中したかったため、早いうちにTOEFL公式テストを受けてその結果を提出しました。英語の合格ラインはよくわかりませんが、私のスコアは81でした。使用した参考書はこちら。採点基準は公表されていませんが、あくまで英語と専門科目の総合点で判定されるようです。とはいえ大学院で研究するのであれば、ある程度の英語力は必須なのでこの機会に勉強しておいた方がいいことは確かです。

筆記試験:専門科目

books文化・人間情報学コースの筆記試験は、過去問題を見れば分かりますが、大きくふたつの問題に分かれます(本記事は2016年の情報です。2018年より、課題図書が指定されるようになりました)。第1問が文献読解をもとに自らの意見を論述するもの、第2問がキーワードの意味や概念の違いを論述するものです。第2問は複数の選択肢から2つの問題を選択することができます。

第1問の対策として、引用されそうな文献を当てるのはかなり難しいと思いますので、そこに時間を使うよりも、自分の研究関心に関連する人文・社会系の専門書を「批判的に読む」訓練を積んでおく、という地道な方法しかないかと思います。また、第1問では、「あなたが学際情報学府で探究しようと考えている研究対象」を踏まえた回答が求められることが多いので、自分の研究計画を、人文・社会系の様々な学問分野や理論と結びつけて説明できる力が必要です。既に世に出ている概念装置を、自分の研究テーマにいかに引きつけて論述できるか、逆に言えば、研究テーマをどれだけ「内面化」できているか、が問われることになります。

第2問の対策としては、ある程度、キーワードになりそうな概念や用語を予測して、関連する文献を当たっておくことができます。とはいえ、出題領域全てに精通する必要はなく、2項目について論述できれば良いので、1項目は自分の専門領域、もう1項目は隣接領域である程度狙いを定めて文献に当たるのが現実的です。出題される領域は、文化・人間情報学コース所属の教員(特に基幹と呼ばれる、他に所属をもたない学環専任の教員)の専門分野が中心となっています。文化論、社会学、メディア論、コミュニケーション論、科学技術社会論、教育工学、記号論、言語学あたりと、人文系・社会系の研究方法論に関わる用語・知識を問う問題が多いかと思います。

問題によっては、用語自体を知らないと答えようがないケースも多いため、基礎知識としてこれらのキーワードを意識的に勉強することが必要となります。

インプットとしては、関連領域の比較的新しい教科書や文献を、地道に読み込むしかありません。私が受験時に参考になると思う文献を参考文献に挙げていますので、参考にしてください。

また、アウトプットの訓練も意識的にしておくことをお勧めします。実際、時間内に、紙に手書きで論述を書くという身体的な動作は、社会人のようにしばらく離れていると、すぐにはできないものです。PCでの文書編集に慣れてしまうと、紙で順序立てて直接文章を書く、ということが難しくなります(このこと自体がメディア論的な課題ですね)。インプットを手書きのノートにまとめるなど、意識的に「書く」練習をしていくと、よいかと思います。

口述試験

筆記試験の合格発表時に、口述試験の日時が指定されます。試験日の2日間のうち、どうしても都合がつかない日時は、筆記試験時に除外希望を出すことができました。社会人で有給のやりくりが大変な方は活用できると思います。

口述試験はプレゼンテーション。7分の制限時間内で主に自分の研究計画について、説明を行い、質疑応答を受けます。入試ですので運用は厳しく、制限時間7分を1秒でも過ぎればプレゼンテーションは打ち切りです。

試験官は、指導を希望した先生を含む、コース内所属の先生が5名程度並び、質問も多岐にわたる厳しいものが多いので、しっかりとした準備が必要です。質問はプレゼンテーションそのものに対するものがほとんどですが、出願時に提出した研究計画書や自己推薦書に関する質問が出ることもあるようです。

私のケースでは、研究テーマの選定理由や、先行研究や類似する概念との違い、研究方法論の枠組みをどう考えているか、どんな思想や理論を参照しようと思っているか、などを聞かれました。回答内容自体が妥当かどうよりも、そういう視点で考える力があるか、を見られているように感じました。

対策としては、研究計画の精緻化とともに、7分という絶妙な時間制限を意識した資料作成と練習が欠かせません。実際7分以内に全てを話し切るのはかなり難しいですので、粗くてもストーリーを伝え、敢えてツッコミポイントを作って質疑応答で詳細を伝える、というやり方もあります。

参考文献

最後に、受験時に参考になる文献をご紹介します。私自身が受験時に読んだものもありますし、その後読んでよかったと思うものも含みます(文化・人間情報学コースに関連する文献が中心となる点はご容赦ください)。

社会人大学院について

社会人の大学院生活について具体的な事例が詰まっています。

情報学環の研究を俯瞰する

少し古いですが、いずれも情報学環の全体像を俯瞰できる本です。

基本のキーワード・トレンドを知る

専門科目のキーワードを含めた基本知識の整理に良い本です。

研究計画を練るために

論文を書くということの深さを学べます。

文化・人間情報学コース関連書

メディア論が中心とはなりますが、いずれも学環での研究の感触を知るのに良い本ばかりです。

TOEFL対策

他にも多数あるとは思いますが、私はこの1冊でした。

いかがでしょうか?私自身は、今は学際情報学府に入学できて本当に良かったと思っていますが、人によって、合う・合わないがある大学院だと思います。上記の内容を参考にしていただき、ピンと来るものがあれば、ぜひ受験を検討してみてください。